母の晩年を想うとき
神さまの御心は
那辺にありやと
問いたくなる
戦後に大連から
引き上げてきて
貧しい中 娘三人を
育ててくれた
米寿を過ぎて
独り暮らしの
寂しさを耐えるなか
襲い掛かった脳卒中
それまでの
気丈な自立の暮らしは
施設での寝たきり生活へと
変わった
体を動かすことも
話すこともできず
好きだった俳句を
詠むこともできない
それが母の
苦労の末に訪れた
晩年の6年9か月半だった
母の誕生日が過ぎ
母の残した日記を読みつつ
神さまの御心とは
何なのだろうと
思い巡らすこの頃
わたし自身も
後期高齢者となり
持病と怪我と加齢の
意味をさまざまに考える
神さまの愛と慈しみは
苦しみを通してしか
真に味わうことができないのかも
そのことを
わたしたち娘に教えるために
母は晩年を生きてくれた
そんな気がしている
だから 信じたい
きっと母も
心の中は愛と平和に
満ちていたと。
(2023年9月21日:お彼岸に)